「人が休んでいる間に努力しろ」で息切れした君へ。終わらない試験を降りることで楽になった話

30代の生存戦略

お前が休んでいるとき、俺は練習している。お前が寝ているとき、俺は練習している。お前が練習しているとき、当然俺は練習している」

これはボクシングの元世界王者、フロイド・メイウェザーの言葉だ。 圧倒的な努力と結果。文句なしにかっこいい。

けれど、もしこの言葉を聞いて、胸の奥が「うっ」と詰まるような息苦しさを感じたなら、あなたは今、少し危険な状態かもしれない。

今日は、私たちがなぜこんなにも「休むこと」に罪悪感を抱いてしまうのか。そして、どうすればこの終わらない焦りから自分を守れるのか。 静かに考えてみたいと思う。

なぜ私たちは「何もしない時間」をこんなに恐れるのか

休日、ただ昼まで寝てしまった時。あるいは、スマホを眺めて数時間溶かしてしまった時。 「やってしまった……」という重たい罪悪感に襲われたことがあると思う。

頭では「休息も必要だ」とわかっているのに、心がそれを許してくれない。 「何か生産的なことをしなければ」「成長しなければ」という強迫観念が、常に背中に張り付いているような感覚だ。

これは、井上慎平さんの著書『弱さ考』で語られる**「大人になっても終わらない際限のない試験」**という言葉が、その正体を鋭く言い当ている。

私たちは子供の頃から、常に「評価」され続けてきた。 そして社会に出てもなお、「変化を歓迎する強い自分」や「時間を効率的に使う有能な自分」であることを求められ続けてる。

だから、一分一秒でも生産性のない時間を過ごすと、まるで試験中に鉛筆を止めてぼーっとしている時のような、「落ちてしまう」という恐怖を感じると考えた。

「点数」を捨てて、「薪」を拾う

今の苦しさの正体は、私たちが人生という時間をずっと「試験時間」だと思い込んでいることにある。 試験中だから、手を止めることが怖い。 試験中だから、意味のない行動が「減点」に見える。

でも、そろそろその「試験用紙」を一度、脇に置きませんか?

私たちがやるべきは、誰かが採点する答案用紙を埋めることじゃない。 自分という「熾火(おきび)」を、長く、静かに燃やし続けることだ。

試験(社会からの評価)において、生産性のない時間は「無駄」とみなされるような経済学的な価値観が植え付けられている。無意識にリターンを求めている。 しかし、熾火(自分の人生)において、その時間は「薪(燃料)」になる。

何を持ち替えればいいのか

もしあなたが今、夜の焦燥感に襲われているなら、持ち替えるべきものがあります。

「成長しなきゃ」という重たい**『試験用紙』を捨てて、 「ただ好きだから」という生産性ゼロの『聖域』**を手に持つんだ。。

私の場合は、それが「友人とあてもなく走る夜のドライブ」であり、「懐かしい平成の曲」だ。 あなたにとっては、読み返した漫画かもしれないし、深夜の散歩かもしれない。

一見、何の役にも立たないその時間こそが、冷え切った心に熱を戻すための唯一の「薪」となる。 メイウェザーのように24時間戦える人は、戦えばいい。 でも私たちは、リングの上ではなく、終わりのない長い夜を歩いている。

必要なのは、瞬発的なパンチ力ではなく、火を絶やさないための燃料です。

それは逃げではない。 明日また、この理不尽な試験会場で生き抜くために、火を整える「メンテナンス」だ。

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