自分を有能だと思っていた頃が、一番しんどかった話

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今振り返ると、自分が一番しんどかったのは
「自分はそこそこ有能なんじゃないか」と思っていた頃だった気がする。

大学生の頃、成績は悪くなかった。
4年制の専門大学で学年主席を取ったこともあって、正直なところ「社会に出ても、わりとうまくやれる側だろう」と思っていた。

高校時代、野球部では一度大きな挫折をしている。
練習についていけず、学業との両立もうまくいかず、結局辞めた。
そのあとバレー部に入り直して、楽しくはやっていたけれど、どこかでずっと「自分は本気出せばできる」という感覚を手放せずにいた。

今思えば、挫折をちゃんと消化しないまま、
次のステージに行くたびに「まだ自分はいける」と思い続けていたんだと思う。

大学では、理想的な考え方をたくさん学んだ。
実習で行った現場では、「これが自分のやりたかったことかな?」と薄々思っていたけど、自分なら理想のやり方で、仕事をコントロールできると思っていた。

だからこそ、社会に出てからの現実はきつかった。

実際の現場では、学校で学んだことがほとんど通用しなかった。
理想と現実のギャップは、想像していたよりずっと大きかった。
「自分の力は、ここでは全然役に立たない」
そう突きつけられた感じがした。

当時付き合っていた彼女には、
「辞めたい」「思ってたのと違う」
そんな弱音ばかり吐いていた。

自分の自信のある領域で仕事がしたくて入った職場なのに、
やっていることは、思い描いていた姿とはかけ離れていた。

学んだ理想をそのまま現場に当てはめようとすると、
先輩から注意されたり、怒られたりすることが増えた。
理解されないことが、何よりきつかった。

今ならはっきり言える。
自分を有能だと思っていたあの頃が、いちばんしんどかった。

少しずつ、考え方は変わっていった。
理想を前に出すのをやめて、
「頭の片隅に置く」くらいにした。

現場の仕事をこなしながら、
タイミングが合ったときだけ、理想を使う。でも上手くいかない。なんで?というサイクルを回していた。
そんな距離感を覚えていった。

すると、不思議なことに、
発表の場などで「どうしても専門性がでにくい領域であるが、この介入は専門性があっていいと思います。」と声をかけてもらえることが出てきた。

全部を押し通さなくてもいい。
現場に全部染まらなくてもいい。
どこかに理想を持ったまま、続けていれば、
それを使える場面は、ちゃんとやってくる。

挫折して、自分は思っていたほど有能じゃないと知るのは、正直きつい。
でも、そこで投げなかったことで、理想と現実をつなぐ立ち位置が見えてきた。

完全に現場側の人間にならなくてもいい。
かといって、理想だけを振りかざす必要もない。 その間で、少し我慢しながら続けていく。
今は、それでいいと思っている。

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