かっこいい生き方がわからなかった22歳の話

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今に思えば、自分が一番「かっこいい生き方」がわからなかったのは、22歳の頃だったと思う。
新卒で専門職の世界に飛び込んだばかりで、大学で学んだことを「現場で全部出してやるぞ」と本気で思っていた。

でも、現実は思っていたよりずっと冷たかった。
大学で学んだことは、理想論だと言われ、否定されることも多かった。学生時代実習で現場に出てみて薄々気づいてはいたけれど、いざ働き始めると、その差ははっきりと突きつけられた。

正直、嫌気がさした。

そんな時、当時付き合っていた彼女は言っていた。
「毎日夜遅いし休みもとれないけど楽しい。理想の自分になるためなら頑張れる。私は、私のしたいことがある。」
その言葉が、なぜか胸に刺さった。

遠距離恋愛となって、彼女に会うたびに弱音を吐いていた。

ある日、彼女に本気で叱られた。
「大学の頃のあなたはかっこよかったのに、今は全然かっこよくない」

正直、自分でもわかっていた。 なんか変だと。

関係を壊したくなくて、僕は必死になった。
でも、それは前に進む必死さじゃなくて、「かっこいい自分」を演じようとする必死さだった。

かっこよく生きる=仕事が好きで好きでたまらない人。
そんなスタンスを、無理やり自分に被せた。これは当時の彼女に寄せようとしたんだと思う。

結果は出ない。怒られる。失敗する。
それでも「仕事を好きになろう」とした。

今思い出すと、少し苦しくなる。
彼女に向かって「仕事、面白くなってきた。ゲーム性があるというか…」なんて言っていた。
仕事の核を掴んだ“ふり”をしていただけだった。

本当は、好きになれない自分を認めるのが怖かったんだと思う。
ちゃんとしていない自分を、誰かに見せるのが怖かった。

今の自分が、かっこよく生きているかは正直わからない。
仕事は嫌いなところも多いし、不満も山ほどある。
大学で学んだことが理想すぎたことも、ちゃんと受け入れた。

それでも今は、縁があって先生として学生に現場のリアルを伝える立場にもなった。
昔の自分が必死に背伸びして語っていた頃より、リアルな現場を話せている。

それはたぶん逃げなくなったからだ。

どう思う?

これって、かっこいいだろうか。

少なくとも、22歳の頃に目指していた「仕事が好きで好きでたまらない人」にはならなかった。
憧れていた姿とは少し違う。

でも、このやり方でもいい気がしている。
ストレスはあるし、胃が痛くなる日もある。
それでも人は、案外慣れる。

怒ってくる人も自分を理解してもらえれば少しずつ変わる。
型からはみ出ていると思われるなら、それでいい。
そう思われた瞬間、無理に説明しなくてよくなる。

あの頃の自分に言うなら、
「もう少しだけ、踏ん張ってみてもいい」
そう伝えると思う。

かっこつけなくていい。
仕事を好きになれる日は、たぶん来ないかもしれない。

それでも、向き合ったり、やめたり、また戻ったりしていると、
思ってもみなかった場所に立っていることがある。

大丈夫。たぶん、なんとかなる。

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